中国と日本における漢字を含む吉祥図案の考察研究 About the establishment of the design of auspicious Including Chinese Characters

はじめに

 “漢字を含む吉祥図案”は約2000年前に中国から発祥し、時間と空間を超えて、現在まで使用され続けている。しかし現在は、昔の生活の中に多く存在したその図案が徐々に減少し、特定の機会のみに使用されている。近年の吉祥に関する研究が増加し、漢字を含む吉祥図案に注目した研究者も増やしているため、その図案の定義、成立背景や歴史などについて透徹的な基礎研究が稀少である。本研究は漢字が含まれる吉祥図案のありようを明らかにするため、現在までの民俗学や芸術学などの考察研究を入り口とし、「漢字を含む吉祥図案の概念」と「漢字を含む吉祥図案の成立」の2つ考察内容をした。

1.漢字が含まれる吉祥図案とは

吉祥は、良いこと、喜ばしいことの概念を持つ。逆に喜ばしくないことも、吉祥を理解するために必要な概念であると言える。内容は抽象的であり、必ずしも意味のある要素(図形や文字など)の構成ではなく論理的なものの見方ではない。神がもたらす“運命の存在”として、自分や家族の安全や幸運を祈る気持ちから、意味を持つ(あるいは持たない)イメージや形が“印”として、歴史の中で造形の成立に至ったものである。吉祥には、(1)良いこと,喜ばしいことの意味そのものを表すものと、(2)意味を借りて表す仮借がある。(1)では、漢字の「寿」は元々吉祥の意味を持ち、祝寿などの行事用品に飾り紋様としてよく出現している。(2)では、亀が持つ「寿命が長い」のイメージを借りて、長寿という吉祥の意味を表す図案も存在している。さらに、人々は精神的な要求をもっと満足させるため、様々なものに吉祥の意味を追加し、仮借を越え、元の意味をたどれないものも存在し、これらは歴史の流れの中で継承されてきた概念である。
世界の中に吉祥の概念を表現するデザイン行為は古来より異なる地域で様々な姿が存在している。その中に、中国と日本では“漢字が含まれる吉祥図案”がよく見られる(図1)。この“漢字が含まれる吉祥図案”は本研究の研究対象となっている。

2. 漢字を含む吉祥図案の成立

吉祥図案と漢字は各自の特徴や歴史などを持ち、それぞれの体系ができている。しかし、現存の漢字を含む吉祥図案は漢字と吉祥図案との組み合わせによる形式である。本研究ではその形式はどのような背景で融合したかを明らかにする必要があると考え、漢字と吉祥図案の関連性を重要視し、それぞれの歴史や分類などを考察した。その考察から、「象徴性」・「歴史性」が漢字を含む吉祥図案の成立に対して重要な2つポイントとなることを得た。

2.1.吉祥図案について

 中国で秦漢時代まで吉祥図案は神秘感を持つ、王室の専用もの(家紋など)として存在した。秦漢時代以降、王室は言語や図符などに隠れた意味を追加する手段として「吉祥」を予示した。さらに、吉兆を象徴する符瑞(めでたいしるし、瑞祥、符命、符応とも呼ばれる[註1])を利用することで、庶民を威圧し国を治めた。符瑞の利用に伴い、吉祥の概念は庶民階級に受け入れさせた。隋唐時代からその統治的な機能は退去し、民間の吉祥文化が台頭し、明清時代には完全に庶民化した。日本の吉祥文化の発展は中国と似ており、貴族と庶民の吉祥文化は当初分離し、その後統合する過程を経て、江戸時代に完全に統合された。そして現在では、吉祥文化は我々の生活に浸透し、吉祥物、吉祥数字や吉祥色などとして一般的に使用されている。
  吉祥文化は吉祥行為、吉祥物、吉祥数字と吉祥言語の要素で構成され、人々が吉祥物に含まれる吉祥図案を愛することによって形成される「註2」。現在までに絵画、書、印影など様々な吉祥図案が創作され、本研究はそれらの図案を「借音(しゃくおん)」と「借物」の2つ様式に分けることとする。
「借音」はものの読み方を借りて、吉祥の意味を表現する様式である。例えば、コウモリは中国で「bianfu(ベンフ)」と言われ、福は「fu(フ)」と言われている。「bianfu(ベンフ)」の「fu(フ)」と福の「fu(フ)」は発音が同様である。そこから、中国ではコウモリを図案化することによって、福という吉祥の意味を表現している。(図2)
「借物」は二つの様式に分けられる。一つは吉祥の概念を連想させる形や意味を持つ特徴を借りることによって、吉祥の意味を表現する様式である。植物や動物などの形態に基づく特徴から吉祥の概念を連想し,吉祥図案として表現するものが多く存在する。例えば、ザクロの“種が多い“の 特徴と“後代がさかえる”の吉祥概念を関連して、吉祥図案に表現されている。もう一つは元々吉祥と関係ないものを借りて、吉祥の意味を表現する。この様式は人々の長い歴史の中で蓄積され、共通の審美的要件と思考基盤に沿って、徐々に出来た様式である。例えば、中国の古代で王母娘娘(長寿の仙人)が仙桃を食べた後長寿ができた伝説があった。後世はその伝説を信じて元来の形態的特徴からは吉祥を連想させない桃を図案化して、寿という吉祥の意味を表現する。

2.2.吉祥イメージを持っている漢字のについて

 中国で約6000年前の図案記号(大汶口遺跡出土の陶文)と刻画符号(半坡陶符)の出現から殷王朝(約3500年前)の甲骨文字の普遍的な応用まで、漢字のシステムが一般的に形成された。秦漢時代(約2200年~1800年前)には、漢字の形は甲骨文字から篆書に標準化した。以降,時代とともに変遷し、隷書、楷書、草書、行書、明朝体、現在の黒体まで進化してきた。

 本研究における漢字は「吉祥のイメージを持ってない漢字」と「吉祥のイメージを持っている漢字」二種類に分け、後者を本研究の対象とする。「吉祥のイメージを持っている漢字」の先行研究によると意味や形による分類方法が存在する。例えば、寧業高·夏國珍による著書『中國吉祥文化漫談』[註3]には、「吉祥のイメージを持っている漢字」が福祺字類説、寿考字類説、富貴字類説、康寧字類説、龍鳳字類説、六八字類説の6種類に分けた説がある。本研究では既存の吉祥図案に含まれる漢字の形態に着目し、「吉祥のイメージを持っている漢字」を「単一形」と「複合形」として分類する。

 「単一形」は単一の漢字に吉祥の意味が含まれている概念である。元々吉祥の意味を持っている漢字(寿、福など)と後世で吉祥のイメージを追加した漢字(鶴、亀など、この類別は動物と植物が多く存在する)からその「単一形」を構成している。

 「複合形」は二つ以上の漢字を組み合わせて吉祥の意味が表現される概念である。「単独の文字の複合」と「単語·連語的な複合」から構成される。単独の文字の複合は「福禄寿」や「喜喜」などの様な文法的な組み立てではない複合形式である。単語·連語的な複合は熟語、対聯(ついれん、あるいは対子などとも言う。中国において,二句で一組の文句を,門の両側や家屋の内壁外壁などに書いたり,紙に書いて貼ったりしたもの)。や古詩などが多く存在する。

2.3.吉祥図案と漢字の関連性について

2.3.1.象徴性

  象形文字は物の姿形をかたどって作られた文字である。甲骨文字を見ると、そのほとんどが象形で作られており、歴史的に漢字の原型は象形文字にあると言える。秦漢時代では漢字が甲骨文字から徐々に抽象化し、文字符号になった。それらの文字符号は元々の物の姿が見えないが、物の意味を表し、さらに、一つ一つの漢字はその意味を持っている。これは漢字の特徴である、抽象化した符号で具体的な意味を表す象徴であり、秦漢時代からの漢字は抽象化された象徴性を持っている文字であると言える。

  一方、吉祥図案は“仮借”の手法をよく使っている(「2.1吉祥図案について」参照)。吉祥の概念は抽象的であり、その概念になんらかの関係を有する他者を用い表現することで、その概念を間接に類推、認識することができる。例えば、長寿の概念は常緑の松で表現される。この他者を借りて吉祥の概念を表すことは「象徴」と考えられる。したがって、象徴性は吉祥図案の重要な構成要素であると言える。

  以上の論述の様に「象徴性」は漢字と吉祥図案の成立背景に重要な役割を果たした。漢字を含む吉祥図案は漢字と吉祥図案から構成され、その「象徴性」が成立の一つの理論基礎と考えられる。

2.3.2.歴史性

  殷時代に占卜(うらなうこと)の活動が盛んに行なわれ、甲骨文字が占いの進捗状況と結果を記録する重要な道具としてよく使用された。既存の甲骨文字は主に当時の王室の生活を記録している。具体的には、いつ子どもを授かるべきか、勝利と敗北の確率を予測することなどの吉凶を占う内容が多く見られる。その吉祥行為(占卜)を通して漢字文化と吉祥文化は始めて出会うことができた。

  殷時代、国は管理機能を実行するため、整理されたアーカイブや文書などが必要とした。また,商業が発展するためには文字の体系化が求められた。また、その時代の知識のある労働者(占卜師や、言葉の収集、整理、規範に従事するプロフェッショナルなど)の出現は漢字体系の成立を推進し、秦漢時代に完全に成立した[註4]。秦漢時代の支配階級によって漢字が標準化され、一般民衆への普及を促進し、漢字の認識が統一しはじめた。一方、秦漢時代の吉祥図案はその神秘性から一般民衆に受け入れられ、虎や鶏のような生活の中に見える様々な動物や植物模様が出現し世俗的になった。秦漢時代における漢字の一般民衆への普及と吉祥図案の世俗化によって、漢字を含む吉祥図案が歴史的に成立した。

まとめ

 本研究は、先行研究の考察や専門家へのインタビューなどを通し、漢字を含む吉祥図案の定義を提示し、その定義に基づき、漢字を含む吉祥図案が考察できた。現存のその図案は“漢字”と“吉祥図案”の二つの造型要素から構成されていると考え、それぞれの構築形式を考察し、吉祥図案と漢字の関連性を分析した上で、「象徴性」と「歴史性」が漢字を含む吉祥図案の成立として役割を果たしたことを得た。

1)池上麻由子:吉祥の文化史,グリーキャット出版, 55, 2017

2)瀋利華,錢玉蓮:中国吉祥文化,內蒙古人民出版社出版, 21,2005

3)寧業高,夏國珍:中國吉祥文化漫談,中央民族大學出版社出版,1999 4)曾憲通,林志強:漢字源流,中山大學出版社出版, 23,2011

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