新時代の撮影方法を用いたドキュメンタリー手法の可能性 ―伝統的な中国の手漉き紙の記録を事例として

はじめに

「紙」は、人類の根源的な文化形成における重要なメディアとして発展、交流と多様化を繰り返してきた。しかし、現代社会の進展につれて手漉き紙のような伝統的なものづくり文化が衰退しつつある。紙の漉き場を廃業してしまい、維持が難しい場所が多い。この現状と手漉き紙の文化を記録しておくことは、
地域の歴史がどのように現在に継承されているかを知るために重要である。

もともと中国には様々な手漉き紙があったが、現在ではほとんど残っていない。多くの人々は、中国紙といえば宣紙しか知らず、伝統的な文化にも無関心である。このような現状に対して、手漉き紙の文化の保護と認知度を高めることが急​​務となっている。

本研究は、新旧のドキュメンタリー撮影による叙述方法の比較分析を通じ、新技術を応用した新たな表現手法を考察することを目的とする。近年、ドローン等を用いた多くの撮影技術が開発され、従来の撮影の常識を打ち破り、視覚的に伝える表現の可能性がさらに高まってきている。そのため、ドキュメンタリーも時代のニーズに合わせた変革が必要となる。

1年次の撮影対象は、近年衰退しつつある中国の伝統的な手漉き紙の現場3箇所とする。本研究の意義は、ドキュメンタリー撮影の新技術の応用によって、記録者としての客観的な視点、地域環境及び被写体の心理活動と叙述を結合し、ものづくり文化の独自性や多様性を多角的に記録することにある。

1.中国の伝統的な手漉き紙について

1.1. 中国における紙の発明と種類

本章では、映像におさめるべき調査対象を探すため、中国における紙の発明と歴史の概要をまとめた。

現在、世界最古の紙は、中国甘(かん)粛(しゅく)省(しょう)の放(ほう)馬(ば)灘(たん)で発見された前漢の紙である。この紙は、前漢時代の地図が書かれており、紀元前150年頃のものだと推定される「注1」。

元興元年(105年)、蔡倫という人物が樹皮、麻クズ、古布と破れた魚網などの廃棄物の材料を用いて紙を製造し、和帝に献上した。魏晋南北朝時代(184年-589年)には、書道家、詩人、貴族などが、紙を使用し、普及してきた「注2」。

出土文物と敦煌文書の分析によると、前漢から魏晋南北朝時代まで、紙の原料はほとんど古布由来の大麻と苧麻である。つまり、麻紙が主流だったようだ。しかし、麻クズを使った製紙の方法は面倒であり、材料を回収するにもコストがかかるので、直に桑や楮などの樹皮を用いた製法が徐々に登場している。

隋の時期(581年-619年)、科(か)挙(きょ)制(せい)度(ど)の出現と発展に伴い、人々は大量の紙を使用するようになり、製紙技術も飛躍的に進歩していった。唐の時代は(618年-907年)、技術が進むにつれて、金箔、銀箔を加えた打ち紙、鉱物の粉と蜡(ろう)で磨いた「粉(ふん)蜡(ろう)紙(し)」、紙を光に透かして見ると濃淡の模様や文字が見える「砑(が)花(か)紙(し)」などの加工紙が出現してきた。この時期、紙の種類が徐々に多くなっている「注3」。

また、 木版印刷の発明が、紙の発展を大きく刺激した。楮、藤、木芙蓉など原料としての靭(じん)皮(ぴ)繊維が発見され、作った紙は麻紙より品質がよく、木版に適した紙や書きやすい紙が出現した。全国各地で紙の工場は相次いで出現し、紙の生産が全国に広がっていたのである。

宋の時代(960年-1279年)になると、出版が盛んとなったため大量の紙が必要となり、竹紙が盛んに作られた。多くの詩人や画家は好んで竹紙を使い、自分で紙を作ることも行われた。

明(1368年-1644年)や清(1644年-1912年)の時期、紙の種類と原材料はあまり変わらなかったが、言及されなければならないのは宣紙である。宣紙はここまでの製紙技術をもとに、青檀という植物の樹皮を原料として、紙を漉いた。さらに、寸法、加工の方法、厚さなどに応じて数百の名前と分類がある。泾(けい)県(けん)は中国最大の手漉き紙の産地となったばかりでなく、宣(せん)紙(し)が中国の代表な伝統的手漉き紙として知られるようになった。

しかし同時に、継承という視点からは、伝統的な紙の文化と多様性が失われつつあるのだ。そこで、本研究では、以上の資料およびフィールドワークから得られた情報に基づき、中国の伝統的な手漉き紙の地図を作成した(図1)。安徽宣紙、富陽竹紙、貴州楮紙の3ヶ所を対象とする。

図1 中国の伝統的な手漉き紙地図

2. 作品について

本研究ではに伝統的な中国手漉き紙を題材として、紙と地域文化を体現するための映像として、ドキュメンタリー作品を制作した。。

ドキュメンタリーは「取材対象に演出を加えることなくありのままに記録された素材映像を編集してまとめた映像作品」と定義される「注4」。一般的に、ドキュメンタリーに対する視聴者の期待は写実性であるが、実際にはレンズとカメラマンの存在が、記録された人や状況に影響を与える可能性がある。優れたドキュメンタリーは、できるだけ被写体の自然な行為に影響を与えずに記録する。記録された状況の表現は、このドキュメンタリーが写実的であるかどうかにも体現する。どのように客観的な視点に立ち、自己の存在を弱め、現実よりもっと現実的な映像言語で記録することができるかを、本研究では追求している。

そして、作品制作では単なる製紙工程の記録ばかりでなく、職人と紙漉きの関係、継承の問題、自然環境と地域文化との関係を重視して捉え、映像を通して現代社会環境におけるものづくり文化の意義を見直したい。

手漉き紙は重要な民芸品(日常的に使われる工芸品のこと。元は民衆的、工芸の略。1925年、柳宗悦を中心とし、陶芸家の河井寬次郎、濱田庄司らによって提唱された造語。)として、単純ではない、文化の媒体及び人間と自然環境の具象表現である「注5」。

新しいメディアの発展に伴い、ドキュメンタリーの撮影技法も革新してきた。数十分から1時間くらいの内容を圧縮し、可能な限り短時間で観衆の興味を喚起させ、多様な映像手法や多くの角度からのカットを用いるようになっている。

本作品は中国の伝統的な手漉き紙の歴史に従い、宣紙、竹紙と楮紙を3つの重要な紙漉の技術として捉え、映像シリーズを制作する。昔からの製紙工程を記録する同時に、地域環境と歴史を結合し、手漉き紙の文化を表現する。

主要な撮影装置は富士フイルム X-T2、ゴープロ6とドローン (DJI SPARK)である。宣紙の映像に関しては、富士フイルム X-T2を使用した。大型のカメラ機器と比較し、X-T2は非常にコンパクトで、レンズを交換することで広角からクローズアップのシーンを撮影することができる。優れたカラーと超高画質の表現力を持っている。解像度は4k(横縦ピクセル3840×2160、アスペクト16:9)であり、現在のフルハイビジョン(約207万画素)と比べて、4kは4倍(829万画素)の解像度がある。これにより、超高画質は臨場感のある映像を体感できる。ゴープロは小さなスポーツカメラである。

2.1.安(あん)徽(き)宣(せん)紙(し)

泾県地区には多くの紙工場や家庭の工房がある。この地域では、効率と経済性を追求するために、機械を導入し、原料の漂白に工業用アルカリを使用している場合が多い。伝統的な工程に従えば、基本的な原料の処理に、少なくとも一年以上の時間がかかる。化学原料の使用により、大幅に時間が短縮できるのだ。さらに、ネリの工程において、伝統的な手法は野生のキウイを使うのだが、現在は化学材料で置き換えられている。このように、効率性と経済の利益を追求したことで、紙の寿命と繊維の靭性も弱くなってきている。

また、宣伝と観光の目的で、泾県には宣紙博物館が建設された。ここでは、製紙工程を展示し、紙漉きを体験することができるが、単なるデモンストレーションになってしまっている。

地元の風景を描いた場面は、伝統的な中国山水画の「平遠」という構図法を模倣し、固定撮影の手法を用いた。「平遠構図法」は水平ビューから場面を展開することでゆったりとした印象をもたらす。固定撮影はブレが無く、美しい映像の撮影が可能である(図2)。

図2  2017年11月1日 泾県 (富士フイルム X-T2)

宣紙工房の室内環境は地面が湿っており、光も暗い。したがって、比較的狭い場所で、手持ち式の撮影方法を使用した。ジブ(片端にカメラが付いたブーム装置)の代わりに、ゴープロで上部から見下ろす画面を撮った。高い視点と低い視点を滑らかに切り換え、1つの長回しで紙漉きのプロセス全体を撮影した(図3, 4)。

図3  2018年11月1日 宣紙工房 (ゴープロ6)

図4  2018年11月1日 宣紙工房 (ゴープロ6)

2.2.富(ふ)陽(よう)竹(ちく)紙(し)

清光绪の時期、(1875年―1908年)「富陽県志」で 「邑人率造纸为业,老少勤做,昼夜不休、富阳竹纸一项每年约可博六七十万金。」(富陽では、紙漉きがとても盛んである。老若男女不眠不休で紙を漉き続けている。富陽竹紙の仕事で、毎年約60万や70万銀(お金の単位)ぐらいの収入をもらえる)「注6」。この記録をから見ると、富陽は伝統的な竹紙産地として、多くの紙工場があったと推察される。しかし、近代化の影響を受けて、多くの工場が閉鎖されてしまった。特に、伝統的な製紙工程では大量水と石灰を使う必要がある。地方政府は河川の水質保護のため、紙の生産を制限している。また、富陽は中国経済の中心地域の1つであり、多くの人が紙漉きより高所得を得られる仕事を選択した経緯がある。

現在、大同村の逸(い)古(こう)斎(さい)という竹紙の工房は、これまでの伝統的製紙方法を復元して守っている。紙の原料は孟宗竹と苦竹であり、古文書を修復するための紙を漉いている。原料の選択は非常に厳しく、小満前後(二十四節気の第8、通常旧暦4月内)、今年生えたばかりの若竹を採って処理する。紙になるまでに72手順、10ヶ月の時間がかかる。特に、原料に人の尿を入れて発酵させることは、富阳の竹紙製作でしか見られない技法である。それにより、千年以上の保存性をもった、滑らかな書き味の紙ができるのだ。また、ねりを入れずに、紙を漉くことも富陽竹紙の特徴である。

「中国の伝統的手漉き紙―竹紙」の映像では、アフレコの代わりに、職人の声を使用し、話の内容に従って、場面を展開している。生産工程の紹介だけでなく、職人のこだわりや、将来への期待と思い(技術の継承や最高の竹紙を作りたいという想い)も含めている。つまり、現実環境と心の世界を組み合わせ、紙の文化を表現した。また、この現場は大きな音が特徴的であることから、ライブサウンドを多用し、環境の変化を反映するようにした。竹の原料を処理する場面は、追跡撮影の手法を使い、カメラと被写体と一緒に移動し、現場の雰囲気を完全に記録した。この手法は多くのドキュメンタリー映画に使われているのである。特徴としてはカメラをオブジェクトの動きに合わせて自由に動かせることである(図5)。

図5 2018年6月10日 富陽 (ゴープロ6)

この俯瞰の角度は、伝統的な構図や撮影の限界から逸脱し、いわば神の視点と言えるだろう。多様な視点を通して、さらにユニークな撮影角度と表現パターンを発見していく。このような視点は、自然環境とその地域の生活環境との関係を十分に表し、視聴者に新たな視覚刺激をもたらすことができる(図6)。

図6 2018年6月10日 富陽 (ドローンDJI SPARK)

また、職人の手や物体の局部などの大写しを通じて、手作業とものづくりの感覚を表現した。多様かつ多角度の場面転換で表現されたコンテンツを目指した(図7)。

図7 2018年2月26日 富陽 (富士フイルム X-T2)

2.3.貴(き)州(しゅう)楮(こうぞ)紙(し)

貴州省丹(たん)寨(ざい)県石橋村の楮紙は、地元の楮、杉の根、河川水を原材料とし、少数民族ミャオ族が漢民族の製紙技術を参考にして漉いた紙である。この技術は唐代から現在まで伝承されてきた。生産工程は、基本的に宋(そう)応(おう)星(せい)(1587年―1666年)という人物が書いた「天工開物」(1637年初刊)という本が記録したものと同じである。

石橋村の周りは古木に囲まれた静かな環境で、景色が美しい。吊脚式の民家は山に沿って建てられ、女性は銀の首飾りや腕輪をつけ、スカートは色々な図案で彩られ、古くからの姿をとどめている。製紙は原始的な家内生産様式が依然として残っており、天然の懸崖、洞窟の中で紙を漉くことも際立った特色である。

紙漉きはかつて一旦途絶え、70年代後半には、紙を漉く人はほとんどいなかったが、古い書物を修復するために、現在では製紙技術が復活してきた。現在、地方観光の開発に伴い、紙漉きは徐々に回復してきたが、主に観光体験の一部として展示されているのみである。紙の職人たちは、書画紙だけでなく、草や花をパルプ中に加えて「花草紙」を作った。花草紙は、伝統的な紙より製法が簡単であり、完成した紙も美しい。現在では、花草紙を漉くことが石橋の新しい旅行体験になっている(図8)。

図8 花草紙

スポーツカメラとしてのゴープロは、従来のビデオカメラに比べてより広い視野を持ち、コンパクトなので、被写体の不快感を気にすることがなく、被写体に近づきやすい。また、ゴープロを被写体に装着することで、主観的な視点から周囲をより広範囲に撮影することができる。水に直接入ることもできるので、インパクトの大きいシーンも撮れる(図9)。伝統的な撮影方法を打ち破り、臨場感が溢れるインタラクティブなシーンを表現することができた。

図9  2018年9月23日 石橋村 (ゴープロ6)

特に、懸崖と洞窟の紙漉き場の雰囲気を体現するため、筆者も手持ち撮影の手法を利用し、オブジェクトの動きに合わせ、ダイナミックさを表した(図10)。

図10  2018年9月23日 石橋村 (ゴープロ6)

3.おわりに

1年次は、楮紙、竹紙、宣紙を主題として、映像シリーズを制作した。この3つの紙は、中国における手漉き紙の歴史において非常に重要な意義を持っている。様々なドキュメンタリーの撮影手法を実験し、特にドローンを使い、伝統的な構図限界を打ち破った。2年次は、さらに紙と地域文化の関係、製紙技術の継承、新しいメディアにおける伝達方法の問題を探求したい。

注、引用

  1. 田建 『文物』 「甘肃天水放马滩战国秦汉墓群的发掘」(甘粛省天水で戦国、秦と漢の時代墓群の発掘)1989年第2号
  2. 范曄(398年-445年)『後漢書-巻78-宦者列伝-蔡倫』
  3. 蘇易簡(958年-996年)『文房四譜-巻4-紙譜』
  4. 宮田章 「事実と理念の二重らせん〜源流としての録音構成〜」 
  5. 柳宗悦 『日本手工艺』 「日本の手芸」 緒言
  6. 汪文炳 『富陽県志–巻15–貨之属』 清光緒32年(1906年)

参考文献

  • ジョゼフ・ニーダム、銭存訓 『中国の科学と文明-巻5-紙と印刷』 (第32章b紙の性質と変遷)科学出版社 2005年
  • 宋応星 『天工開物–中卷–製紙』 明崇祯十年涂绍煃刊本 1637年
  • 潘吉星 『中国製紙史』 (第5章宋元時期の製紙術と第6章明清時期の製紙技術)上海人民出版社 2009年

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